三田文学年表

記事とトピック(▽印)
1910(明治43)5【主幹】永井壮吉(編輯兼発行人) 編輯サポート=井川滋
 【顧問】森鷗外、上田敏 【発売所】籾山書店 【表紙】藤島武二
 ・創刊号
 ・「紅茶の後」永井荷風
 ・裏表紙・福沢先生真蹟
 11・新刊紹介欄設置
 ▽消息 戸川秋骨英文学講座開始
 ▽秋季講演大会・講師 川合貞一、小山内薫、生田長江、戸川秋骨、上田敏、馬場孤蝶
1911(明治44)2▽第9回講演大会・講師 川合貞一、永井荷風、馬場孤蝶、岩野泡鳴ほか
 5・1周年紀年号
 6▽6月27日、島崎藤村を中心にした座談会開催
 ・久保田万太郎「朝顔」で学生作家として登場
 7▽江南文三「逢引」で発禁
 ・佐藤春夫「憤」他で学生作家として登場
 ・阿部省三(水上瀧太郎)「山の手の子」で登場
 10・秋季特別号
 ▽谷崎潤一郎「飈風」で発禁
 11・自由劇特別号
 ▽秋季講演会・講師 川合貞一、戸川秋骨、小山内薫、鈴木三重吉、中村不折、馬場孤蝶
1912(明治45)1【表紙】高村光太郎
 2▽春季講演会・講師 川合貞一、小山内薫、馬場孤蝶、森田草平、生田長江、永井荷風
 3・春季特別号
 4【表紙】作者未詳
 7▽7月15日~20日、小山内薫「演劇」の特別講演
1912(大正1)10・秋季特別号
 ▽秋季講演大会・講師 杉村楚人冠、鹿子木孟郎、平出修、馬場孤蝶ほか
1913(大正2)1【表紙】橋口五葉
 ・堀口大学「写生」で登場
 2▽2月8日、与謝野寛帰朝歓迎会開催
 ▽このころ売行き5000部といわれ各号充実
 3・春季特別号
 5永井荷風邸で毎月第2火曜日「火曜会」開催
 9・荷風「大窪日記」連載開始
 10▽10月13日、小山内薫帰朝歓迎晩餐会
1914(大正3)1【表紙】五百歌左二郎
 ・新年特別号
 ▽三田文学会に倶楽部新設
 ▽1月10日、福沢先生誕辰記念会
 3・春季特別号
 5▽春季講演会・講師 川合貞一、長谷川天渓、馬場孤蝶、石井柏亭、与謝野寛
 7・阿部次郎「三太郎の日記」連載開始
 8・荷風「日和下駄」連載開始
 9・自由劇場号
 10▽10月6日、荷風新宅で火曜会開催
1915(大正4)1【表紙】平岡権八郎
 ・新年特別号
 【発行人】石田新太郎(編輯兼発行人)編輯担当に小沢愛圀加わる
 3・春季特別号
 4・4月3日~12日、自由劇場主催第二回劇場美術展
 ▽4月17日、平出修一郎一周年追悼晩餐会
 5・5周年記念号
 ・「はしがき」鷗外、上田敏、荷風、小山内を再録
 ・三田文学5周年記念付録
 6【発行人】松田甚三郎(編輯兼発行人)
 ▽6月24日、惜春会(鏡花・小山内・万太郎他)
 ・故小幡篤次郎展「万来舎の記」含む
 9【発行人】広瀬哲士編輯=文科教授会編輯時代と呼ばれる(奥付は変化なし)
 10・秋季特別号
1916(大正5)1【表紙】和田英作
 ・新年特別号。漱石訃報
 2▽永井荷風、三田文学主幹・教職を去る
 5【表紙】森田恒友
 6【主幹】澤木梢 編輯サポート井汲清治
 【発行人】松田甚三郎(編輯兼発行人)
 7・懇話会席上で澤木梢「三田文学主幹になるの弁」掲載
 9・上田敏追悼
 11▽山崎俊夫「雛僧」で発禁
 12▽五百歌左二郎「白蛇」で譴責
1917(大正6)1【表紙】複製写真
 ・新年特別号
 2【表紙】五百歌左二郎
 3【主幹】澤木梢 編輯サポート井汲清治【発行人】松田甚三郎(編輯兼発行人)
 6【編輯担当者】南部修太郎になる
 【編輯委員】井川滋、久保田万太郎
 ▽藤村・茅野・小林の新任及び帰朝歓迎会
 ▽ヴィッカスホール移転
 8・六号余禄開始
 10・100号に達する
 ▽10月6日上田敏追慕会
1918(大正7)1【表紙】山本鼎
 ・新年特別号
 ・水上瀧太郎「貝殻追放」始まる、1940年1月号まで
 5▽5月5日、小島・三宅送別晩餐会
 6▽斯波武「初嵐」高等検察課で注意処分
 9・芥川龍之介「奉教人の死」掲載
 10▽10月13日、第二回上田敏追悼会
1919(大正8)1【表紙】バアナアド・リイチ
 5【発売所】玄文社 【表紙】藤島武二
 ・創刊10周年号
 8【発行人】松田甚三郎(編輯兼発行人) 印刷人=井川滋【発売所】東京堂
 ・8月11日、三田文学同人会
1920(大正9)3【主幹】澤木梢 【発行人】柳澤君松(編輯兼発行人)
 4【発行人】柳澤君松(編輯兼発行人)
 5【編輯担当】南部修太郎から七尾嘉太郎(水木京太)に変わる
 【編輯会員】井川滋、久保田万太郎、小島政二郎、井汲清治、南部修太郎
 ▽5月15日、野口米次郎帰朝歓迎晩餐会
 6【主幹】澤木四方吉 編輯会員に小沢愛圀加わる 【発行人】柳澤君松 (編輯兼発行人)
 8・随筆・小品号
 9・演劇号
 10▽風俗壊乱のため発禁
 11・発禁につき断書を付す
 12・西脇順三郎『時の流れに』を読むで登場
1921(大正10)1・新年特別号
 ▽三田文学茶話会復活
 2大杉栄「信者」(翻訳)掲載
 3▽文学部初の女子聴講生、松本恵子(松本泰夫人)入学
 6・青柳瑞穂「病める木梢」(短詩)で登場
 10和木清三郎「江藤校長の辞職」(小説)で登場
 ▽10月28日、三田文学茶話会
1922(大正11)1新年特別号
 4【発行人】柳澤君松(編輯兼発行人) 【発売所】東光閣 【表紙】山崎省三か
 ・4月改新号
 5創作本位から評論・文学的研究を掲載
 8・森鷗外先生追悼号
 ・奥野信太郎「森先生と支那文学」で登場
 10▽10月7日、秋季文芸講演会・講師 久保田万太郎、芥川龍之介、里見弴、水上瀧太郎
1923(大正12)5▽5月5日、春季講演会・講師
 小島政二郎、井汲清治、泉鏡花、水木京太、南部修太郎、水上瀧太郎
 9・9月号から12月号休刊
1924(大正13)11月13日、三田文学講演会(於名古屋) 久保田万太郎、水木京太、南部修太郎、小島政二郎、野口米次郎
 3【表紙】作者未詳
 5・カント記念号(生誕200年)
 ▽5月20日、久保田万太郎主宰慶應劇研究会演劇講演会
 6▽6月14日、小山内薫等創立築地小劇場第1回公演
 10▽10月16日、久々に三田文学茶話会
 11この号のみ【編輯兼発行人=慶應義塾内 三田文学会】
1925(大正14)11▽11月4日から学校当局と再刊のため会合をもつ
 12▽12月9日、第1回水曜会・水上邸で開催
 ―1925年4月~1926年3月号まで休刊―
1926(大正15)1▽復活講演会=久田万太郎は水上瀧太郎を精神的主幹と呼ぶ
 4【発行人】井汲清治(編輯兼発行人) 【発売所】春陽堂 【表紙】富沢有為男
 ・復活号
 【編輯委員】水上瀧太郎、久保田万太郎、井汲清治、南部修太郎、西脇順三郎、小島政二郎、水木京太、石井誠、横山重 【編輯担当】勝本清一郎
 5▽5月1日、春季大講演会・講師 久保田万太郎、勝本清一郎、水木京太、加宮貴一、井汲清治、原奎一郎、小島政二郎、南部修太郎、水上瀧太郎
 ▽5月15日、ヨネ・ノグチ詩壇生活30年記念講演会・講師 井汲清治、川路柳虹、セラード・ヴァインズ、大藤治郎、白鳥省吾、萩原朔太郎、生田春月、佐藤惣之助       
 7新進作家号
 10▽10月2日、秋季大講演会 小島政二郎、佐佐木茂索、三宅太郎、宇野四郎、菊池寛、久保田万太郎
 11【発売所】友善堂(籾山書店後身) 【表紙】西脇・マァヂオリィ夫人
1927(昭和2)3・石田新太郎追悼号
 4【表紙】富沢有為男
 5・表紙=1周年記念とある
 ・六号雑記に来月号より金1000円の保証金を納めて新聞紙法による発行になると記載
 ▽5月14日、詩人堀口大学に捧げる三瀦牧子夫人の独唱会
 発企者、佐藤春夫、井汲清治、日夏耿之介、西条八十、長谷川巳之吉、羽根田理一他11名
 9・芥川龍之介追悼号
 10文藝春秋社と共催で芥川追悼講演会 佐佐木茂索、小島政二郎、井汲清治、佐藤春夫、久保田万太郎、菊池寛
 
 12【発行人】井汲清治(編輯兼発行人)
 【編輯担当】平松幹夫(勝本の指導で、長尾、倉島、和木、三宅がサポート)
1928(昭和3)1・新年増大号
 ・佐藤春夫「酒、歌、煙草また女」掲載
 2・結果的に新進号になる、井伏鱒二「鯉」など
 4【表紙】丹下富士男
 ・2周年記念号
 記念ページ 久保田、勝本、南部
 感想と批評 佐藤春夫、正宗白鳥、今東光、佐佐木茂索、片岡鉄平、近松秋江ほか
 8・特輯随筆号
 ・「時事雑感」杉山平助「治安維持法改正に就いて」
 10・六号雑記欄、新体裁になる
1929(昭和4)1【表紙】富沢有為男
 ・新年増大号
 3・三月特輯 小山内薫記念号
 4【発行人】西脇順三郎(編輯兼発行人)
 【編輯担当】和木清三郎
 ・3周年記念 4月増大号
 5・庄野誠一「亡命者・その人々」で登場
 10【発売所】籾山書店
1930(昭和5)1【表紙】近藤光紀
 ▽1月22日、倉島竹二郎入営送別会
 2丸岡明「マダム・マルタンの涙」で登場
 ・「一人一頁」欄創設
 3・二宮孝顕「美留の失敗」(戯曲)で登場
 5・創刊20周年号
 ・「新興芸術派を嘲笑す」間宮茂輔
 ・北原武夫「新三田風景素描」で登場
 ・「あのころの三田文学」 南部修太郎、三宅周太郎、石井誠、小島政二郎
 ▽5月20日、三田文学運動会
 ▽5月31日、戸川秋骨還暦祝賀会
 6・石橋貞吉(山本健吉)「血を吸ふもの」(小説)で登場
 9・社会時評欄創設
 10▽10月21日、三田文学ヴァラエテイ 講演、映画、漫談、演劇など
1931(昭和6)1【表紙】佐野繁次郎
 ・澤木四方吉追悼号
 4・宇野四郎追悼号
 5・創作特別復活7周年号
 6・宇野信夫「父親」(戯曲)で登場
 7【表紙】富沢有為男
 ・田村泰次郎「ジョイスの対象と方法」で登場
 ▽7月1日、井汲清治帰朝歓迎会
 10・今井久雄追悼号
1932(昭和7)1【表紙】 太田三郎
 ・水上瀧太郎「都塵」連載開始
 5【表紙】豊藤勇
 7編輯補助=勝本英治、二宮孝顕
 ・海外文壇消息欄設置
 8・佐藤朔「海外文壇消息・フランス」で登場
 ・岡本かの子「売春婦リゼット」で登場
 9【表紙】鈴木信太郎
 10・新進作家特輯号 丹羽文雄、福田清人、坂口安吾、戸川エマ、上林暁、神西清、庄野誠一、丸岡明、二宮孝顕、今川英一
1933(昭和8)1・内村直也「二人の劇作家」で登場
 2・六号雑記復活
 5・石坂洋次郎「若い人」連載開始
 9▽金文輯「ありらん峠」で発禁
 ・南川潤「痴群」で登場
 ・時評復活
 12・水上瀧太郎「三田文学」編輯委員隠居の辞」
1934(昭和9)1▽小泉信三・塾長に就任
 2・舟橋聖一「演劇時評」掲載
 10・創作特輯号、庄野、丸岡、今井、南川ほか
 ▽10月10日、三田文学会
 ・今川英一追悼号
1935(昭和10)1・新年特輯号
 ・水木京太「福沢諭吉」(戯曲)
 2▽三田文学復活10周年記念短篇小説懸賞募集 塾員・塾生に限定せず
 4▽4月24日、10周年記念講演会 菊池寛、里見弴、佐藤春夫、水上瀧太郎、小島政二郎、西脇順三郎、久保田万太郎、勝本清一郎、杉山平助、石坂洋次郎
 5・三田文学復活10周年記念第一号
 ▽5月21日、10周年記念ヴァラェティ
 6・三田文学復活10周年記念第2号
 8・中村光夫「文学の社会性をめぐって」掲載
 10・創作特輯号、丸岡明「生きものの記録」ほか
 ▽三田文学復活10周年記念懸賞小説当選発表 三等、杉原栄治「彷徨」、作品は掲載せず
 11▽水上邸の水曜会中止
 12▽三田文学賞銓衡委員 久保田万太郎、南部修太郎、小島政二郎、三宅周太郎、西脇順三郎、井汲清治、水木京太、杉山平助、勝本清一郎、和木清三郎
1936(昭和11)1・新年特大号
 ・第一回三田文学賞・石坂洋次郎「若い人」
 ・作家の日記創設、新居格、林芙美子ほか
 2▽2月23日、紅茶会
 3・3月号新人創作五篇 南川潤、田中孝雄、後藤逸郎ほか
 4・高見順「愛憎二つならず」掲載
 6・6月創作特輯号 高見順、岡本かの子、上林暁、永井龍男ほか
 8・南部修太郎追悼号
 ・原民喜「貂」(小説)で登場
 11・創作五篇
1937(昭和12)1・新年特輯号
 ・第2回三田文学賞・南川潤「掌の性」 今井逹夫「青い鳥を捜す方法」
 木々高太郎「月次録」で登場
 2・フランス文学特輯号
 3・卒業記念作品号
 6・創作特輯 石坂洋次郎、南川潤、野口冨士夫ほか
 8・銷夏随筆特輯
 9▽編輯事務は西脇順三郎、岩崎良三による
 ・現代英吉利文学研究特輯
 11・新進作家創作特輯号 丸岡明、南川潤、中山義秀、井上友一郎ほか
1938(昭和13)1・新年特輯号
 ▽1月25日、文科卒業生送別会、田中孝雄、戸板康二、河野謙
 2・フランス文学特輯号
 3▽鈴木重雄、従軍記者でなく出征(編輯後記)
 4・これからの文学の傾向はどう変るか
 6・新進作家創作特輯号 柴田錬三郎、出浦須磨子、中山隆三ほか
 7・新鋭詩人作品特輯号 瀧口修造、江間章子、安西冬衛、村野四郎ほか
 8・銷夏随筆特輯(非常時局下でも順調に進んでいる)(編輯後記)
 パルプ統制はじまる
 9・英文学特輯号(現代英文壇の研究を主にした)
 ▽小島政二郎、北村小松らとともに文壇従軍記者になる
 11・秋季創作特輯号
 ・第3回三田文学賞・南川潤「風俗十日」 美川きよ「女流作家」
 12▽時局下、文芸雑誌経営困難
1939(昭和14)1随筆「支那」(従軍記含む)特輯・新年号
 2・小島・従軍日記、清水(仲)・時局を直視する(編輯後記)
 4▽4月14日、南川・丸岡・庄野の合同出版記念会
 5・春季創作特輯号
 ▽5月20日、軍属として出征した冨山雅夫戦病死(編輯後記)
 8・銷夏随筆特輯号 小泉信三「スポオツ雑和」、岡本一平「かの子の栞」ほか
 ・平松幹夫「三田派の新人」庄野・丸岡・南川につて
 ・紙に悩まされ、校了になっても紙が届かない(編輯後記)
 11▽和木、朝鮮満州視察のため南川が編輯
 ・秋季創作特輯号
 12▽12月6日、倉島・田中・和木の無事帰還歓迎会
1940(昭和15)1・新春特輯号
 ▽三田文学賞銓衡委員に平松幹夫、矢崎弾が加わる
 2・紙の配給難で発行遅れ(編輯後記)
 ・第4回三田文学賞 石河穣治「蜂窩房」、横山重「書物捜索」
 4・文芸時評復活
 5・春季創作特輯号
 ▽水木、勝本、平松が編輯をサポート
 【表紙】小村雪岱
 ・水上瀧太郎追悼号(臨時増刊)
 島崎藤村、横光利一、井伏鱒二、与謝野晶子、鏑木清方など136名執筆
 6・和田芳恵「樋口一葉」連載開始
 8・銷夏随筆特輯号
 ▽水木が編輯サポート
 9・馬場孤蝶追憶記集録 佐藤春夫、茅野蕭々、平田禿木ら
 10・水上瀧太郎全集刊行記念号 小泉信三、徳田秋声、島崎藤村ほか
 11・秋季創作特輯号
 ▽11月28日(於日吉)、水上瀧太郎全集刊行記念文芸講演会 井汲清治、石坂洋次郎、和木清三郎、丸岡明、南川潤
 ▽11月30日文芸講演会(於三田) 岸田国士、尾崎士郎、石川達三、山本実彦、小島政二郎、井汲清治、石坂洋次郎、小泉信三
 ・日独伊同盟が発表され日本の行く道が示された。新体制呼応して文学の領域で奉公の誠を致す 紙数節約のため発行部数を削減した(編輯後記)
1941(昭和16)1この号のみ【編輯兼発行所】慶應義塾内・三田文学
 ・満州新人作家特輯号
 2・国難に対し文章報国の職域奉公の誠を致したい(編輯後記)
 4・水上瀧太郎一周忌記念特輯号
 5・春季創作特輯号 柴田錬三郎、鈴木重雄、池田みち子ほか
 6この号のみ【編輯人】鈴木信太郎
 8・夏季随筆特輯号・支那事変関連記事を多くした(編輯後記)
 10【表紙】正倉院御物 菅沼、松下が編輯サポート
 ・美術特輯号(日本の古美術と外国美術の対比研究)
 ・三田文学出版部創設・小泉信三『学生に与ふ』など出版
 11【表紙】 鈴木信太郎
 ・秋季創作特輯号、和田芳恵、池田みち子、原民喜ほか
 「若き文学者に与ふ」は非常時下の作家への覚悟と努力を促すものである(編輯後記)
 12・事情によりページ節約(編輯後記)
1942(昭和17)1・12月8日の大詔を聞いて感激、皇軍の戦果に興奮(編輯後記)
 2・紙不足、印刷・製本に時間がかかり発売が遅延、了承を(編輯後記)
 4・紙不足、ページ削減のなかで優れたものを掲載したい(編輯後記)
 5・春季創作特輯号、柴田錬三郎、原民喜、池田みち子ほか
 8・銷夏随筆特輯号、小泉信三、高橋誠一郎、山口青邨ほか
 ・支那事変関連記事を多くした(編輯後記)
 ・一日も忘れたことのない奉公殉国の精神(編輯後記)
 10・秋季創作・愛国詩特輯号、愛国詩十二題
 11【表紙】天平刺繍裂
 ・美術特輯号
 12【表紙】鈴木信太郎
 ・大東亜戦煥発1周年、銃後国民は奉公の誠を致さねばならぬ(編輯後記)
1943(昭和18)1・新年特輯号
 2・帰還作家報告特輯号
 4・用紙節約・部数減少を了解されたい。出版協会の改革により一層良心的な質素な刊行を念願する(編輯後記)
 5・創作特輯号、宮田重雄、原民喜、宇野信夫ほか
 6・山本五十六戦死は衝撃。雑誌は買切制になるので直接購読を(編輯後記)
 7▽雑誌「買取制」になる
 8・随筆・詩・俳句・短歌特輯号、水原秋桜子、三木露風ほか
 9・「歌舞伎について」号。64ページ(編輯後記)
 10・愛国詩特輯号。54ページになる(編輯後記)
 11・美術特輯号
 12・学徒出陣、武運長久を祈る。36ページになる(編輯後記)
1944(昭和19)1・出陣学生を送る。俳句・短歌・詩の形で国民の意気を鼓舞。(編輯後記)
 ・用紙節約で34ページになる(編輯後記)
 2・前線将兵慰問文特輯号(含む幼稚舎生慰問文)。
 3・企業整備により三田文学出版部廃止される(編輯後記)
 ・和木、編輯担当辞任挨拶
 54・5月合併号
 【発行人】富田正文 (編輯兼発行人) 【発売所】養徳社
 ・雑誌整理統合に残る(編輯後記)
 ・編輯委員制をとる
 【編輯委員】久保田万太郎、太田咲太郎、片山修三、庄野誠一、柴田錬三郎、富田正文、戸坂香実、長尾雄、丸岡明、南川潤
 ・久保田万太郎「銀座復興」連載開始
 【編輯担当】宇野誠一、松田一谷、梅田晴夫 編輯補佐=片山修三
 ・三田評論などを併合したため、総合雑誌的性格にする(編輯後記)
 8【表紙】作者未詳
 ・太田咲太郎・柴田錬三郎出征(編輯後記)
 1110・11月号併合特輯・敵性文化批判(客観的アメリカ研究)
 12▽北原武夫の「マタイ伝」一作で発行したが、相次ぐ空襲で罹災焼失の憂き目に2度遇い、実質的には発行できず、東京全域が罹災し、発行不可能のため20年12月号まで休刊
 ―1944年12月~1945年12月まで休刊―
*平井一麥・加藤博信「三田文学 百年ノート」(『三田文学』創刊100年展図録、三田文学会、2010年10月)より抜粋