通商産業政策史資料について


東京大学経済学研究科・経済学部教授 武田晴人


 J-DACが提供することになる通商産業政策史に関わる資料群は、政策立案に関わる一次資料を中心に、これまで刊行されてきた通産政策史に関する「正史」とも呼ぶべき書籍、さらには、通商産業調査会(現・経済産業調査会)の産業政策史研究所などが調査・編纂した史料などを含んでいる。すでに公刊されている「正史」なども含めて、関係する資料を網羅的にデジタル・アーカイブすることによって、それは通産政策史に関連する戦後経済史研究のバーチャルな研究拠点となることを企図している。関心のある研究者たちは、このアーカイブを訪れるだけで、これまでの成果の正史や、その基礎となった一次資料や関連資料を読み解きながら新たな歴史像を描くことができる。そして、その研究を通して、このアーカイブの書棚に新しい知見を加えてくれることが期待されている。


 資料群の中核をなすのは、2013年9月に国立公文書館つくば分館から公開された「商工政策史・通商産業政策史関係収集資料」(以下、単に「政策史資料」という)である。この資料は、第二次世界大戦後の間もない時期に土屋喬雄教授を中心に商工省で着手された『商工行政史』(上・中・下巻、1954-55年)、『商工政策史』(全24巻、1961-85年)の編纂事業のために収集された資料(以下、「商工政策史資料」という)と1980年代に隅谷三喜男教授のもとに編纂事業が進められた『通商産業政策史(1945-1980年)』(全17巻、1989-94年)のために収集された資料(以下、「通産政策史資料」という)から構成される。


 政策史に関わる編纂事業は財務省(大蔵省)が財政史室を設けて独自の収集資料で編纂事業を進めているほか、上記の商工行政・通産行政に関する事業が最も体系的に取り組まれており、本資料はその基礎資料となるものである。周知のように政府関係機関の資料については、公文書としての保存が望ましいにも拘わらず、それらが全く不十分なままであったことから、第二次大戦直後から収集が重ねられてきた「政策史資料」は、きわめて貴重なものである。


 このうち「商工政策史資料」は、敗戦直後に占領による軍需省の解体を見越し、戦争責任の追及を恐れた当事者たちによって当時の現用文書がほとんど焼却処分とされたなかで、その欠を補うために編纂委員会が商工官僚のOBたちに協力を求め、個人で保管していた資料をまとめたものであった。その資料の重要性は少数の研究者には以前から知られており、紹介によって閲覧し研究の素材とする機会も開かれていた。しかし、1980年代にはいって通産政策史の編纂が始められると、この資料はこの事業のために外部からは利用ができなくなり、そのまま現在の経済産業研究所に移管されて「死蔵」されてきた。そのため、およそ四半世紀の間、研究者にとってはその存在が知られていながら利用できない資料として公開が待望されていたのである。


 「商工政策史資料」には、「吉野信次文書」「美濃部洋次文書」「小金義照文書」「辻謹吾文書」など、上記の経緯から明らかなように、戦前期の有力な商工官僚が保管してきた政策文書に加えて、商工政策史編纂室が独自に集めた資料群からなり、全体として2000タイトルほどに及ぶ。カバーしている期間は、1950年頃までの昭和戦前期から、戦時期、戦後統制期にかかわるもので、商工行政が最も大きな影響力を持った時代の一つ(もう一つは高度成長前半期)をカバーしている。それらのうちから公刊された図書などを除き、資料公開の意義の大きいものを厳選して、おおむね1200タイトル程度の資料集を構成する。


 他方で「通産政策史資料」は、「商工政策史資料」のあとの資料の欠を補うために、政策史編纂事業が開始された1980年代に、当時、現用ではなくなっていた文書を中心に収集されたものである。このときも通産省の資料の保管状態の不備から十分に網羅的な資料収集はできなかったものの、第二次大戦後の通産政策に関わる重要な政策事項のいくつかについて貴重な資料が含まれている。

 具体的には、①毎年度の概算要求や財政投融資の基礎となる政策文書、②1950年代に進められた企業合理化関係の史料群、③城山三郎が『官僚たちの夏』で描いた「特定産業振興臨時措置法」を中心とした通産省の独占禁止法に関わる政策スタンスが明らかになる資料群、④「貿易自由化」「資本自由化」に関わる通商政策関係の資料群、⑤石炭産業の衰退対策に関わる資料群、等々である。


 以上の簡単な説明からも明らかなように、この資料群には、戦前から戦後にかけての経済史・経営史・政治史を中心とした研究活動にとってきわめて貴重なものであり、その公開が進められていく中で、これをより広く研究者に利用しやすい形で提供することの意義は大きい。歴史研究は今後、第二次大戦後を対象とした実証的な研究へとその視野を広げていくことは間違いない。そのような研究の新しい展開がこの資料の公開によって大きく前進することは間違いないだろう。

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